アートと教育のシンポジウム

3/27 エイト(特定非営利活動法人アーツイニシアティヴ トウキョウ AIT)主催のシンポジウムがヒルサイドプラザで開催された。NYにいるアーティストのなんちゃんから教えてもらったので、友人と一緒に行ってきた。
アートと教育のシンポジウム
ポストアートスクール?ネットワーク時代のアートはどう「知」になるか?

長時間でかなり疲れたけど、とても面白かった。



ほとんど私の知らない事がたくさんあって、刺激的で面白かった。
これは4人のパネラーがそれぞれの視点でプレゼンテーションをし、その後はディスカッションするというもの。
みなさん、全く違う立場から違う視点で内容もおもしろい話をして頂けたので、とても充実した。なんちゃんが面白いと言っていた、モーリーさん、素晴らしかった。モーリーさんは当日、関西からこっちへ戻ってくるため遅れて参加。彼はDJなのでプレゼンがDJ風でいろんな音楽の1フレーズが所々にはさまるように、ところどころに今の旬のキーワードが入ってくる。ワールドワイドでエキサイティングでエモーショナルなプレゼンテーションだった。

さて、教育とはというテーマの中で、主に沢山さんが話されていた事が私の中で別の事とリンクした。
沢山さんのお話の一部としては以下のようなことであった。

蓄積した過去の知識を教え与える事と、Blackmountain Collegeのように講師と生徒が共に作品を制作して、知を共有していくというプロセスがある。バウハウスでも素晴らしい講師陣がそろっていたが、傑出した生徒がでてきたというわけでもなかった。しかし、Blackmountain Collegeではラウシェンバーグなど、講師陣だけではなく生徒側にもアーティストが出てきていたこと、それらを踏まえると、今後の教育では後者の方法から新しい発見や関係性が生まれてくるのでは。

ということだった。

これと関連することではないのだけど、実は先日、NHKのITホワイトボックスを見ていて、ああ、そうだなと思ったのが、アスキー総研の遠藤さんが話されていたのだが、

最近ではライフログが蓄積されていて(蓄積が重要)、今までの行動や好みを予測し、自分の動きや好みを予測してくれて、それに伴うサービスが提供されているとのこと。

これがなんとなく先の教育の話とリンクした。最近ではなんでもわからなければWebで検索する。それにより、むかしは重宝がられていた脳に蓄積されていた知(個人の記憶)が、今はすぐに検索する事ができるのが良い(便利)という傾向となっていて、結果的には、インターネットで知を共有するようになっているという事。

昔、パソコンが無い時代、グラフィックデザインはアナログで制作されていたが、CGが一つのツールとして使える時代になり、新しい表現が生まれた。
知のあり方、おかれ方による人間への影響で、それがまた新しい感覚を生むのかなと思った。

それと、このシンポジウムで杉田さんが話していた事で私も同感なのだが、今も、震災の影響が大きい。
気持ちも落ち込み、自粛的な気持ちは自然な事だと思う。自粛した、謙虚な気持ちを持ちつつも、できるだけ普通の経済活動と被災者や困窮している地域のためにも、こっちは倹約節約節電の生活を心がけ少しずつでいいから支援したいと思う。
せっかく被災してきた人たちが東京にきて少しは日常(=安心感)を取り戻せるかと思っても、東京も非日常だと、もっと落ち込んでしまうでしょう。。

亡くなられた方達、未だ行方不明の方達、多くの被災された方達、懸命に原発の復旧に取り組んでいる方達に心からの祈りと自分自身ができることでサポートし続けようと思う。