肩こりがひどく、キーボードを打つのがとても辛くてblogはちょっとお休みしてしまいました。でも振り返ると先週はArt(&なにげにおいしいものあり)週間で、もったいないのでふれておきます。
13日-吉村順三展
15日、16日-Terry Rileyの来日コンサート
19日-日本画家、池田真弓さん(恩師)の個展
まずは吉村順三展から。
13日(日)はfuRuさんから頂いた招待状で吉村順三展(@東京藝術大学大学美術館)へ。
初めてこの写真(「軽井沢の山荘」)を見たとき、かなり衝撃でした。こんな建築があるの?と。どうしてこの形に設計したのか、この写真を素直にただ見ていただけですぐにわかりました。でも、この発想が素晴らしくて…。頭の中に描いている理想を現実の形に実現するための力をこの吉村順三という人はどういうポイントで培ってきたのか、おこがましくも…知りたくなりました。
他の建築デザインも当然ながら展示されていますが、どれも奇をてらったものなどほとんどなく、シンプルでその用件、条件に合わせたものを利用して作られていました。
新しいと思われるものほど時間が経つと古びて安易になってしまうこともあり(現に早稲田にも一つありますけど…)、意外と変化のあまり感じない日常ほど変化に富みます。
この人のデザインはデティールまでもキチッと作り込んでいますがそんな贅沢を少しも贅沢に感じさせない配慮がある。
我が家よりは大きいですが、ローコスト住宅を2年以上もかけて設計を考えていたというから驚きでした。ここまで費やしてもらえたなら本物だし、悔いはないでしょうね。実際は施主も早く建てて住みたいと思っていたかもしれませんが…(笑)でも、それはローコストだから、狭小だからこれしか限られているという発想のもとである意味、手を抜いているわけでもなく、そのように安易に考えていない。逆にどこで工夫できるのか、時間が許される限り、この人は闘っていたんだと思う。
その姿勢は「ものつくり」の根本だと思う。一つの型、つまりスタイルができても常にそこから逸脱する勇気がないと、その表現者は前進しないんです。表現をする人間は常に同じラインで満足していると、そこから先に進めないし、ましてやそこから脱落していく畏れすらあるんです。
とはいえ、短時間でどんどん建築ができていくこの時代に、個人住宅でありながらとても贅沢な設計だなと、なかなか簡単にできることではないと思いました。
そしてこの方の発想を現実に起こすためのpractice (反復練習に近いのかな…)ーこれはスケッチでした。写真をとって記録するのではなく、小さなスケッチブックと鉛筆で写生していたこと。絵を描くという行為はその建物や生物を観察することから始まります。極端に言うと自分がアリさんになって、手で足で体でその物体を体感して確認していくことです。膨大なスケッチを見たとき、その素直な描写によってpractice していたのだと思います。
コメント (2)
fuRuさん、ありがとうございます〜。そんなふうに言ってもらえて光栄です。「アリさんになる」というのはむか〜し絵を勉強し始めた時に教えていただいた先生に言われた言葉なんです。それを思い出しました。
fuRuさんの吉村さんの記事読ませて頂きました。空間の捉え方について、逆に勉強になりました!
でも、超ウルトラ直感型の私にはちょっと苦手な所かも。。(むずかしーよー。)だから建築家という職業は私にはやっぱり無理だなって思っちゃいました。(笑)
なので頼りにしてます。よろしくお願いします〜。
投稿者: shijimi | December 10, 2005 1:52 AM
日時: December 10, 2005 01:52
>自分がアリさんになって
この表現が好きです。
建築畑外の人の感想は大変ためになりますね。
投稿者: fuRu | December 9, 2005 6:31 PM
日時: December 9, 2005 18:31