
6/28 ヤン・ファーブル(Jan Fabre)の寛容のオルギア(@さいたま芸術劇場)を観に行った。だいぶ前に観た、彼の青インクのボールペンによるドローイングの作品や昆虫の作品をよく覚えている。(彼は『ファーブル昆虫記』のファーブルのひ孫にあたる人。)
この作品、観に行ってよかった。
様々なことに気づかされ、揺さぶられ、考えさせられた。そう、こういう本当の…観たかった。
いきなりダンサーたちがマスターベーションを競い合うという衝撃的なシーンからはじまる。
内容も言葉もすべて非常に暴力的でかつ性的。台詞もシニカルでさらに今そのもを象徴する時代やその地域のポイントを盛り込んだり。。リアルに深いところで抉り取り、自らもその対象となる。
統制され、行き過ぎたコントロールで偽物ばかりがあふれ、真実の部分が見えなくなってきているアンバランスな現代。
本公演後のヤン・ファーブルの対談で語られたことー
お金があれば性を買うことができるこの社会で例えば(たしか)イタリアなどではポルノムービーが公で認められなくなって来ているのだそうだ。満たされない性的欲求を解消するための性ビジネスではテレフォンセックスで手を打とうとしているらしい。。ヤン・ファーブルも試してみたそうだが下手な芝居で全然行かなかったと(苦笑)
またそんなビジネス産業だけではなく、プログラムに書いてあったのだが、
ベルギーの民主主義では少数派を大切にするという大義名分のもと、他者の排斥を主張する極右のようなきわめて「不寛容」な集団も「寛容」するという矛盾…フェイクなマスターベーション(冒頭のシーン)では絶頂に達することができないように、大義名分のための矛盾が本当に良いことなのだろうか…?
身体を使って人の根本的な性とグローバル化された社会への様々な問題提起。。
私なんかがとてもこんなブログでおいそれと簡単に感想を言葉になんかできるわけがないのだけど。
複雑で重たいテーマでありながら、とはいえけっこう笑えてしまうところも。
下ネタユーモア、おおっぴらな気持ちのいいくらいの世界に対する悪口の連呼、ペニスを回転している自転車の車輪にあててオルガズムを感じている男。(行為自体はすごいんだけど、その光景はコミカル)などなど。あと、大型店によくある買い物カートのダンスもコミカルで美しい。最後は音楽(ロックンロール)とダンスで楽しく終演となった。
人は悲劇的な部分を観せられるとそれに感情移入しやすくなる。きわどいところで変化をもたらし浄化作用となる部分を持ってくる。それが浄化させ、癒し、治癒していくのだと。。
うーん、いろんな感情や問題提起を受け、消化するのに時間がかかりそう。。