
blanclass(この日の軽食:原型大学芋としいたけの天ぷら@美味! 旧Bゼミのサロン:左側の中央に原口さん)
shijimiです。
10/23 昨夜、先週に引き続き、今度は原口さんの展示と対談を観にいった。
まぁ、Bゼミの時と変わらずにずっとビールを飲みっぱなし、タバコすいっぱなしで、かなーり酔っ払っていた原口さんでしたが、展示も対談もすごく面白かった。
当日、少し早めに行っていた私は原口さんが一人、展示している作品に手を加えようとしているところに出くわした。後ろで黙ってその姿を見ていると、「ちょっとそこの。。なんだ、しんじさんじゃない~、ちょっとここ押さえて。」とまた原口さんのペースにはまってお手伝い。
また、対談始まる前に原口さんと今回のパートナーを務められる松本さんとの会話に、時々入らせてもらい雑談させてもらったり。。
そんなことしてたから原口さん、すでにお酒が入っているので、気分は対談始まる前に対談し終わっちゃった感だとか言って、笑ってたり。
なんだかそんな雰囲気も昔のBゼミの時の光景そのまま。
対談では原口さんが参加した「ドクメンタ6」の「オイルプール」から、「スカイホーク」を作り始めたキッカケとなった『深夜の横須賀スカイホーク目撃体験』の話、「黒の方形ーマレービッチへのオマージュ」の展覧会の話など、今までの経過とその背景を切り口に、原口作品を松本さんや晴夫さんなりの見方で対談がすすんでいった。
談笑していたとき、私に原口さんは「美術というのは『考える』ということなんだよね。」とよく言っていた。
彼は平面制作をする作業を通じてその結果から「考える」ことをしていた。公開制作のときもそうだった。
公開制作で原口さんは鉛筆すら持たず、指示を与えるだけだったこと。その一見矛盾しているような部分について、こう話してくれた。「僕がしんじさんたちに指示はしたけれども、作らなかったでしょ、それは僕のすごいエゴイスティックな部分でもあるけれども、それと同時に僕は何もしていない。だから、僕は逆にしんじさんたちの僕(しもべ)となって従っているということなんだよね。」
それから何に対しても形骸化されることを嫌う。
「作品の中でもどこか逃げ道を作っている。それは僕の心の弱さなの。」と。
私にはなんとなく、作品ですら後にきっと形骸化されてしまうかもしれない。。それに対する恐れという意味にも感じてしまったのだけど、違うかなぁ。。
工業製品をあえて作品に使うことが多い点から、絵の具一本とってみても、工業製品であること、それについて「結局全てのものがレディメイドなんだよね、だから自分が手を加えないこと自体も同じようなことで、オリジナリティなんてものは無いんだよね。」と。
その言葉が、なぜか私の中でマザー・テレサの詩の一部とリンクした。
―あなたの中の最良なものを―
人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。目的を達成しようとする時邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。善い行いをしてもおそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、創り続けなさい。あなたの最良のものを、この世に与えなさい。
たとえそれが十分でなくても気にすることなく、最良のものをこの世に与え続けなさい。最後に振り返ると、あなたにもわかるはず。
結局は、全てがあなたの内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人との間であったことは一度もなかったのです。マザー・テレサ
以前、ものすごく落ち込んだときに友達が送ってくれた詩だ。
その時の自分自身もそうだったし、これって恋愛や人間関係で勇気付けられるような言葉に捉えられるのだけど。。最後の1行の言葉がしっくりときていなかった。
それが、原口さんが語ってくれた様々な言葉から私の中で勝手にマザーテレサの詩の最後の一文とリンクし、妙な納得感を得てしまった。
そういえば晴夫さんが言っていたけど、原口さんの制作風景は「制作」というよりは「作業」というのに近い感じで、そんなところが独特だと。
そして言語化することが弱い(なんかおつむが弱いといっているみたいに聞こえて、みんな爆笑していた。もちろん違うのだけど)から、この平面やできたものが原口さんの「言語」であると。
この2週間は、私の中でわからなかったものが少しずつ方々にリンクしていき、自分なりに消化していけたことで充実したものとなった。
最後に原口さんは次は岩手の民家(古民家かな?)で制作をするそうな。一緒に行っていた友達と「それ気になるなー、行きたいよねー。」と話しながら家路についた。